日本赤軍は連合赤軍のメンバーが発足した左翼系団体です。重信房子を最高幹部として奥平剛士や山本万里子、坂東國男などの人物が日本赤軍のメンバーとしてテロ活動を行い多くの逮捕者を出します。そんな日本赤軍の現在の活動や事件の概要などをまとめてみました。, 日本赤軍とはいったい何なのでしょうか?また現在でも活動はしているのでしょうか?詳しく見ていきましょう。, 日本赤軍とは1971年から2001年にかけて結成された日本の新左翼系団体で、世界同時革命を掲げている武装集団でした。同じような組織で連合赤軍等団体がいます。, 連合赤軍は世界同時革命の拠点作りと資金調達のため、一部のメンバーを朝鮮やパレスチナなどに派遣していました。しかし連合赤軍は、総括リンチ事件、浅間山荘事件で壊滅します。, パレスチナに取り残された連合赤軍のメンバー重信房子、奥平剛士らが新たに組織したのが日本赤軍というわけです。後に山本万里子や大道寺あやこなども参加します。, 国際根拠地論とは先進国の階級闘争、第三世界の民族解放闘争、「労働者国家」の官僚独裁制打倒によって世界同時革命を実現させるという理論です。, かなり壮大な理論ですが日本赤軍はこの理論をもとに活動していましたが、現在では解散しています, 日本赤軍の最高幹部である重信房子はハーグ事件に関与したとして国際指名手配されます。逃亡生活を続ける重信房子ですが潜伏先の大阪で逮捕されました。, 調べによると不正に入手した偽造旅券を使って中国と日本を16回も行き来していたようです。, 日本での武力革命を掲げる「人民革命党」、覆面組織「希望の21世紀」を設立し、社会民主党と連携する計画を推し進めていたと逮捕時新聞で公表されました。, 最高幹部である重信房子、レバノンに潜伏していた山本万里子、岡本公三らが立て続けに逮捕されたことや、資金難、メンバーの高齢化などを理由に1990年後半には事実上の解散状態になります。, そして2001年4月、重信房子「日本赤軍としての解散宣言」を獄中から発表。正式に日本赤軍は解散しました。, しかし、坂東國男と大道寺あや子が直後に「日本赤軍解散宣言無効宣言」発表し日本赤軍としての活動を続けようとします。ですが、その活動も年々下火となっていました。, 日本赤軍の最高幹部である重信房子とはいったいどのような人物なのでしょうか?また現在は何をしているのでしょうか?重信房子についてまとめていきます。, ハーグ事件とは、1974年9月14日にオランダのデン・ハーグで日本赤軍が起こした事件です。奥平純三らが逮捕されたメンバーの奪還のため武装し、フランス大使館を襲撃しました。, 人質を取って立てこもり、メンバーの開放、逃亡金の用意などの要求を呑ませ、シリアに逃亡します。, ハーグ事件後、重信房子は大阪に潜伏していました。国際指名手配を受けており特徴のあるほくろを化粧で隠すなどの努力をしますが、指紋やたばこの吸い方などで本人だと断定されます。, そして重信房子は2008年11月8日、潜伏先のマンションで逮捕されました。護送の際には逃亡防止のため東海道新幹線のグリーン車の個室が使われたそうです。, 重信房子には多くの支援者がおり、彼女を匿ったとして社長、教諭、医師、病院職員など多くの人が検挙されました。, 重信房子は逮捕後、裁判にてハーグ事件に関与したとして有罪となり、懲役20年の判決を受けました。, その後、重信房子は癌を患ってしまい、2019年現在は、八王子医療刑務所にて抗がん剤の治療を行っています。, 「重信房子を支える会」が発行している「オリーブの木」という冊子には重信房子の獄中生活の近況などが綴られていますので気になる方はぜひ読んでみてください。, 重信房子はパレスチナ解放人民戦線(PFLP)の幹部と結婚しており二人の子供がいました。, 娘の重信メイは現在ジャーナリストとして活躍しており、2001年には日本国籍を取得し日本にいます。, 重信メイは母・重信房子とドイツ赤軍の女性リーダー、ウルリケ・マインホフの壮絶な生きざまを描いたドキュメンタリー映画『革命の子どもたち』にも出演しています。, 日本赤軍のメンバーは重信房子だけではありません。主要メンバーに奥平剛士という男がいます。奥平剛士とはどのような人物なのでしょうか?また現在は何をしているのでしょうか?, 奥平剛士が関与した事件として有名なのがテルアビブ・ロッド空港事件です。テルアビブ・ロッド空港事件とは1972年5月30日に発生したイスラエルのロッド国際空港でのテロ事件です。, 実行したのは幹部の奥平剛士、岡本公三ら3人。銃や手榴弾で武装し旅客ターミナルの利用客や警備員、スタッフなどに無差別乱射し26人もの死者、76名の重軽傷者を出す痛ましい事件となりました。, 当時はテロリストが一般市民を無差別に襲撃するのは前代未聞であり、そのニュースは世界中に広まりました。日本赤軍は大バッシングを受けます。, 警官に取り押さえられた実行犯の岡本公三によれば、奥平剛士は警備員により射殺されたとのこと。, この事件の様子がイスラエルと敵対関係にあるパレスチナの過激派組織の間で奥平剛士ら実行犯たちが英雄と崇められました。, 日本赤軍にはまだまだメンバーがいます。東アジア反日武装戦線出身の大道寺あや子です。そんな大道寺あや子の起こした事件や現在についてまとめてみました。, 大道寺あや子は元東アジア反日武装戦線のメンバーで、三菱重工爆破事件などの連続企業爆破事件を起こした人物です。, 一番有名な事件はダッカ日航機ハイジャック事件で、当時拘留中だった大道寺あや子らが釈放され日本赤軍に合流しました。, ダッカ日航機ハイジャック事件とはフランス発東京国際空港行きの日本航空472便が経由地のムンバイ空港を離陸した直後、日本赤軍のメンバー5人によってハイジャックされた事件です。, 犯人グループは身代金約16億円や日本で拘留されている大道寺あや子らのメンバーを釈放することを要求。政府はこれを呑み大道寺あや子は釈放され、日本赤軍に合流しました。, 1977年のダッカ日航機ハイジャック事件で釈放されて以来大道寺あや子は現在も逃亡中です。, 1999年香港、2001年南米で目撃情報が出ていますがそれ以降の情報は一切なく、現在でもどこに潜伏しているのかわかっていません。, 次は坂東國男です。彼もまた日本赤軍の主要メンバーでした。彼はもともと連合赤軍の幹部でした。そんな坂東國男の起こした事件や現在について見てみましょう。, 坂東國男が関与した事件の一つに山岳ベース事件があります。これは連合赤軍が起こした同志に対するリンチ殺人事件です。, 連合赤軍の母体であるの一つである革命左派は、テロを行い指名手配されていたメンバーが多く、都市部で活動することが困難になっていました。そこで、人目のない山岳地帯に「山岳ベース」というアジトを作ります。, そこで意見の食い違う者を裏切り者として、暴力や食事を与えないなどのリンチを加えていきます。これによる死者は12人にも及びました。坂東國男は加害者側でした。, 坂東國男が関与した事件で有名なのがあさま山荘事件です。これは長野県にある保養所「浅間山荘」に連合赤軍が人質をとって立てこもった事件です。, 1972年2月19日、連合赤軍のメンバー5人が管理人の妻を人質にとって浅間山荘に立てこもりました。警察はすぐさま浅間山荘を包囲し、人質救出に尽力しますが難航。, 立てこもり10日目の2月28日、機動隊の突入によって坂東國男ら連合赤軍のメンバーは全員逮捕されました。人質の拘束時間は200時間を超え、これは日本最長記録となっています。, 1975年8月4日、マレーシアにあるアメリカ、スウェーデンの大使館を連合赤軍が占拠し、職員ら約50名を人質に取りました。このテロ事件がクアラルンプール事件です。, 連合赤軍は刑務所に収監中の囚人解放を要求。政府はこの要求を呑み、日本赤軍に参加意思のある5人を釈放します。, あさま山荘事件で逮捕され服役していた坂東國男もこの一人で釈放され日本赤軍に参加。最高幹部である重信房子の側近を務めたこともありました。, 連合赤軍で犯した罪に加え、日本赤軍としてダッカ日航機ハイジャック事件に関与したとして指名手配、国際指名されています。, 公安当局によれば坂東國男は中東に拠点を置き、中国、ルーマニア、ネパールに入国した形跡があるとのこと。, お次は岡本公三です。彼も日本赤軍主要メンバーでした。奥平剛士らとともにテルアビブ・ロッド空港事件を起こした人物です。岡本公三の概要、現在について見てみましょう。, 奥平剛士の章で触れましたが、岡本公三はテルアビブ・ロッド空港事件を実行した犯人の一人です。, 詳しくは奥平剛士の章でテルアビブ・ロッド空港事件について詳しく触れていますのでそちらをご覧ください。, テルアビブ・ロッド空港事件は奥平剛士、岡本公三、安田安之の三人で行われました。事件当時岡本公三は鹿児島大学の学生でした。, イスラエルで裁かれることになった岡本公三。イスラエル政府は死刑を求刑しましたが判決は終身刑になりました。, 現在岡本公三はPFLFなどの反イスラム勢力組織の保護を受けレバノンに潜伏しています。, 2017年には毎日新聞の取材に応じ、「一度は日本に帰りたい」と帰国を希望している様子で健在でした。, 岡本公三を保護しているPFLFは「日本メディアの取材に応じるのはおそらくこれが最後」としており、今後の情報収集が困難になるでしょう。, 山本万里子も元日本赤軍のメンバーでした。日本赤軍に加担してたとして山本万里子も例外なく逮捕され服役していましたが、現在の姿は悲惨なもののようです。そんな山本万里子について詳しく見てみましょう。. 赤軍出身赤軍時代は森の秘書役?だった森から度々注意を受けていたが暴力の対象にはならなかった医学部出身植垣康博と同じ大学出身実は赤軍時代に喧嘩してナイフと爆弾を持ち出してまさに一触即発の事態になったことがある, 坂口弘たちと同じ革命出身この人の兄が山岳ベース事件で最初に殴られたその時は永田洋子に殴るよう命じられて泣く泣く殴った兄の死後脱走を考えたが永田洋子になだめられて逃げられなかった存命人物で当時のことを綴った書籍「連合赤軍少年A」を出版した, 赤軍出身森の腹心で、一番信頼していた人物赤軍時代は森たち幹部の命令とそれに対する植垣康博たちの不満の板挟みになっていたらしいその頃の彼について植垣は「面白い関西芸人みたいな人」とか思っていたとのことけど連合赤軍結成後は、自ら「冷酷な殺○マシン」と称するほど森の暴力的な命令に服従していた森がいないところでは代わりとなって連合赤軍メンバーに命令を出していた射撃の名手で、あさま山荘事件では100メートル以上離れた場所にいる機動隊員を狙撃して負傷させた逮捕されるが、クアラルンプール事件で日本赤軍から「坂東國男や坂口弘ら過激派左翼メンバーを釈放させろ」という要求があったため釈放される。その後、アラブで取材を受けた際の話が「永田洋子さんへの手紙」として出版された, 赤軍最高幹部革命左派メンバーが交番を襲撃して死傷者が出た際は、「死をも恐れない勇敢な行動に感動した」として革命左派に興味をもつ, 1971年3月ごろから頻繁に坂口弘、永田洋子たちと面会するようになり、その年の12月、革命左派との共同軍事訓練後に「連合赤軍」結成を宣言する総括=暴力の理論を打ち出したが、その根拠が「学生時代に剣道で頭を叩かれ気絶したが、目が覚めた時は別人のような晴れやかな気持ちになった。革命や共産主義への意識が薄い人物を自分と同じように殴って気絶させれば、共産主義化を受け入れられる」という何とも馬鹿げたものだったがこれについて誰も疑問を持たず、「革命を実現するためには仕方がない」と賛成した(というか、反対したメンバーは総括にかけられて死に至った), あさま山荘事件前後には坂口弘らとは別行動をとっていたため事件発生時にはすでに逮捕されていた逮捕される時警官と戦ったが、その時一緒にいた永田洋子は「今までとは別人のような弱気な態度だった」とのこと1973年1月1日、初公判の日の朝に首吊り自殺逮捕後、「自己批判書」という山岳ベース事件についての経緯を記した本を書いている, 革命左派最高指導者で坂口弘の妻とにかく我が強く、革命左派の最高指導者となってからは自分の我儘を無理矢理通すことがよくあった赤軍の最高指導者である森とのコンビはまさに(悪い意味で)噛み合いまくり、森に追従する形で暴力を容認し、森が批判する相手を同じように批判していった特に美人女性に対しての摘発は(本人こそ否定しているが)彼女が主導した自分と似たような存在と考えた遠山(赤軍出身女性)、美人だった革命左派の女性メンバー2人(植垣康博の恋人と、吉野雅邦の妻)を死に追いやった時に遠山に対しての追求は尋常じゃないほど非道いもので、森に命じられて自分の顔を自分で殴ってボロボロになった遠山に「あなたの綺麗な顔がこんなになった」などと言って鏡で顔を見るよう命令したり、「あんたは偉い奴とばっかり交際してたのね」と貶したりとまさに畜生だった逮捕されてからは「自分たちの共産主義への理論構築が不十分でこうなった」と供述してたが、が、他の連合赤軍メンバーは「明らかに永田洋子の異様な嫉妬心も要因の一つ」と彼女を非難した2011年2月に病死著書に「16の墓標上・下・続」があるちなみにこれ読んだけど自分も被害者みたいな書き方がしてあって二度と読みたくない, 赤軍出身1971年に起きた、赤軍メンバーの銀行強盗「M作戦」の実行役高校時代に陸上やったり山登りしたり、物理学が得意で大工仕事もできる、料理もうまい、イケメンというハイスペック連合赤軍になってからは革命左派のO・Sという女性と恋仲になるが、そのきっかけが「隣り合って寝ていたO・Sにキスしたり胸を揉もうとした」というものだったこのへんは山本直樹作の「レッド(連合赤軍メンバーの行動・事件をモデルにした漫画)」で描かれているO・Sが総括にかけられて「植垣も総括しろ!」と追求されたが、植垣がいないと大工仕事が捗らないからあまり無理な追求をかけられず、そうこうしている間にO・Sが凍死したりで結局殴られたり縛られたりはなかった90年代に出所してからは喫茶店「バロン」を営む傍ら、山岳ベース事件など連合赤軍に関わる事件を伝えていく役目を担っているちなみにバロンとは植垣の赤軍時代のあだ名著書に「兵士たちの連合赤軍」などがあり、メディアにも度々登場するこの人の本は客観的に書かれていて結構読みやすいから、当時の一連の出来事を知るにはオススメNHKドキュメンタリーでの「死ぬことよりも、卑怯な奴と思わるのが嫌だった」「O・Sさんを助らけるだけの理論が当時の私には無かった」という言葉が印象的, 革命左派幹部で永田洋子の夫革命左派の指導者だった川島豪の教えを強く引き継いでいたが永田洋子がそれをあまり好かず、森も川島豪は駄目だという考えだったため、連合赤軍結成時には川島豪との決別を無理矢理宣言させられた暴力第一の森と森こそが絶対という永田とは違い暴力で総括を援助するという考えに疑問を持っており、永田に打ち明けて暴力をやめさせようとしたが否定された, 森と永田が上京した時は坂東國男と共にメンバーを指揮し、さつき山荘に立てこもった後、警官の包囲網を突破してたどり着いたのがあさま山荘だった「13名もの死者を出した総括も、その原因だった森と永田がいなくなって終わった。これからは徹底的に警察と戦うぞ」と機動隊と必死の攻防を繰り広げたが2月28日に逮捕される, クアラルンプール事件で坂東國男と共に釈放要求されたが、「もはや武力闘争を志す時代ではない」と拒否した裁判では死刑が確定している著書に「あさま山荘1972上・下・続」と、死刑確定後に短歌を詠むようになりそれをまとめた「常しへの道」がある, 革命左派幹部銃砲店から銃を盗んだり逃げ出した革命左派メンバーを処刑したりと永田と坂口の命令を忠実に実行しており、その功績から指導部に任命されたただし、連合赤軍結成後は幹部といいながら席次は末席で言いたいことも言えない実質的には非指導部メンバーだった妻にK・Mという同じく革命左派の女性がいたが、彼女が吉野の子を妊娠した状態で山岳ベースに来てしまったのが悲劇の始まり「私は吉野君に付き添って今まで行動してきました。これから一人でも行動できるよう吉野君と離婚します。」と宣言したのを、「離婚すればいいということではない!」と永田に問題視される。身重だったため小屋の中で過ごすことが多いのは当たり前だったが、これを森と永田は「主婦気取りだ!」などと言いがかりをつけるようになり、1月下旬にK・Mは総括のためとして縛られてしまう。この頃吉野は新しいベース造りで別の場所にいたため彼女を擁護できなかった本人曰く、この頃になると「もうK・Mに足を引っ張られたくない。離婚します。」と宣言するなど、彼女に対しての愛情がなくなっていた。K・Mが死ぬ前夜にミルクを与えるように森に指示されたが、「自分は総括できていることを示すため」としてミルクを与えなかった。翌日K・Mは死んでしまい「生涯の悔いとして残った」と悔やんでいる。, 吉野雅邦の自著はないが、彼の親友であり、K・Mの親友でもあった出版社勤めの大泉康雄が彼らとの交流の日々から裁判での供述、事件後の親族とのやり取りをまとめた「氷の城」と「あさま山荘銃撃戦の深層」があるこの2つの本で印象的なところは、K・Mは山岳ベース入り直前に大泉に会っていたこと。その際、K・Mは「ヤスくん(大泉のアダ名)、私達のやってることどう思う?馬鹿げてるのかな?」と問いかけたが大泉はなんと答えたか憶えていないという。この事実を知った吉野は後年大泉に対して、「その時K・Mを大泉が抱いていれば、彼女は助かったかもしれない」と語った。(←これはレッドの巻末コラムに記載あり), 吉野は坂口と同様(森や永田と比べれば)そこまで危険な人物ではなく、あさま山荘に籠城した際母親が「お母さんが撃てますか!?」と呼びかけるのを見ておれず、母親の乗る装甲車に向けて発砲した。これは無論「撃てる」という意思表示ではなく「危ないから下がっててくれ」という意味合いのものであり、その時の彼は涙ぐんでいたと坂口が自著に記している。, 革命左派出身事件当時16歳山岳ベースで長兄が殴られた際、元久も泣きながら殴った。長兄が力尽きた際は「こんなことやったって、今まで誰も助からなかったじゃないか!」と叫んで山岳ベースを飛び出すが、結局戻ってきて永田になだめられた。この発言は総括にかけられるような危険なものだったが、森や永田は彼を咎めることはなかった。その後は問題視されるような行動はなく、むしろ坂口や永田に保護される, ような立場にあった。あさま山荘事件では見張り役をしていたが、これは未成年者である元久に銃撃させてはいけないという坂口の配慮があった。しかし山岳ベースでの生活による疲れからか見張り役も十分にできなかったらしく、彼がいる部屋に機動隊が催涙弾を投げ込んだことに気付かず眠り続け、様子を見に来た坂口がビックリして「お前なにやってんだ!」と催涙弾に水をかけて消火した。, ・尾崎充男(享年22)    「ちり紙をとってくれ」と言ったことを永田に問題視され殺害された ・進藤隆三郎(享年22)   ハンサムな男で、女性をオルグする役割を持ったが森から「遅れている」と暴行を受け死亡 ・小嶋和子 (享年22)   恋人だった加藤能敬とキスしているところを永田に見られ怒りを買う。死亡 ・加藤能敬(享年22)   小嶋和子とキスしているところを永田に見られ死亡 ・遠山美枝子(享年25)   髪を伸ばしていること、鏡を見ていたこと、化粧をしていたことなどで永田からうらみ買う ・行方正時(享年22)   坊ちゃん育ちのため、森に目をつけられた ・寺岡恒一(享年24)   「森や永田がこけたら、俺がリーダーになる」「俺は初めから風船ババア(永田)が大嫌いだったんだ。    お前らがリーダーなんてちゃんちゃらおかしいや!」と発言したことで粛清される ・山崎順(享年21)   森から「女性をめぐるトラブルが絶えず、組織から脱落しよう」としたとされ、死刑を宣告された ・山本順一(享年28)   2ヶ月だった長女頼良(ライラ)ちゃんは愛知県の父親が引き取り育てた。現在40歳、子供が3人 ・大槻節子(享年24)   かなりの美人だったが、暴行を受け永田に髪を刈られて殺される ・金子みちよ(享年24)   永田の嫉妬から妊娠8ヶ月で殺害される ・山田孝(享年27)   森とはうまく噛み合うことはなく、人民裁判にかけられ死亡 ・加藤能敬(享年22)   小嶋和子とキスしているところを永田に見られ死亡.

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